第2話: 時の止まった少女

「見えるよ。ちゃんと、見える」

僕がそう言うと、少女の瞳が、かすかに揺れた。

「久しぶり。誰かに、見てもらえたの」

少女は、この公園の花時計と一緒に、時が止まっているのだと言った。ずいぶん長いあいだ、ここに座っているのに、誰も気づいてくれない。人々は、彼女の前を素通りしていく。まるで、そこに、誰もいないかのように。

「わたし、いつからここにいるのか、わからないの。名前も、思い出せない。ただ、この時計が止まった日から、ずっと」

僕は、花時計を見た。花で飾られた文字盤の針は、確かに止まっていた。冷たく澄んだ空気が、そこだけを、時の流れから切り離していた。

「僕は、時計を巻く仕事をしてるんだ。止まった時計を、また動かす」
「じゃあ、この時計も、動かせるの?」

少女の声に、初めて、色がついた。

僕は、鞄から鍵を取り出した。この時計を巻けば、彼女の時も、また動きだすかもしれない。

鍵を、花時計の裏の鍵穴に差し込んだ。

かちり、と一度まわしたところで、少女が、小さく声をあげた。

「待って」

僕は、手を止めた。

「もし、時が動きだしたら。わたし、どうなるの? 消えてしまうんじゃない?」

僕には、わからなかった。時が止まった人を、動かしたことは、これまでなかった。時計は巻いてきたけれど、人の時を巻いたことは、ない。

「わからない。でも……このままじゃ、君はずっと、ここに一人だ」
「一人は、慣れてる」

少女は、また膝を抱えた。

「でも、消えるのは、こわい」

僕は、鍵を、そっと抜いた。花時計の針は、また止まった。

「じゃあ、今夜は、巻かない。その代わり」

僕は、ベンチに腰かけた。

「君の時が動きだしても大丈夫なように、まず、君のことを、思い出そう。名前も、止まった理由も。それから、決めればいい」

少女は、驚いた顔で、僕を見た。それから、ほんの少しだけ、笑った。

止まった時のなかで、その笑顔だけが、あたたかかった。

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